スタートアップ企業が勝ち抜いていくためのノウハウはどこにあるのか

おそらく、日本のIT業界、特にスタートアップ企業の人たちはビジネス展覧会系のイベントに辟易しているはずだ。
全然面白くない。あんなの、ただの粗品交換会じゃないか。使えそうな製品があったらもうとっくに試しているし、使えないと思っていた製品が触ってみるとやっぱり使い物にならないっていうのを確認しに行くだけだよ。もし行って良かったなんて思うのならそれは普段の情報収集が足りていないってことだね。
で、そんなとこへ出かけていく物好きな人たちがどのくらいいるかわかる?実は途方もない数だ、休日の渋谷みたいに。そこで来場者数の多さが高らかに謳われた「こんなにこのイベントは効果的なんです」という宣伝に乗り、いろんな会社がバカ高い出展料を払い、必須アイテムである数々のノベルティを揃えてそこにやってくる。うん、これっていい商売だとは思うよ。(イベント企画側にとってはね)もちろん出展料に応じてオプションもあって、それは例えばセミナーでしゃべれるとかね。みんなに向かって直に売り込めるなんてすごいじゃないか。こういうイベントに慣れていない来場者たちはいい話を聞けるんだと思ってうっかりセミナー会場の椅子に座っちゃうんだけど、実は30秒で終わるTVのCMと違ってそれが延々と1時間も続く全く興味を持てない垂れ流し広告であることに最初の10分が過ぎたあたりで気づいて後悔する羽目になる。後ろのほうの席に座ることができたなら途中で脱出も可能なんだけど、あいにくそこは場慣れた人たち向けの特等席でね、競争率は高いってことに決まってるんだ。

何が悪いかって?
そりゃもともとのモデルがすでに破綻していて、出展者からお金をとるモデルだからさ。結果的に来場者にはあまり得のない出展者向け(いや結局は主催者向けなんだけど)のイベントになるのも無理はない。粗品のボールペンを少なくとも1ダースはもらえるのだから来場者も損しないじゃないかって?サクラの派遣会社を除いて社員がボールペンをもらうことに給料を払いたい経営者なんていないはずだ。
無論、来場者が少ないと出展者たちが不満を口にするから主催者はあの手この手で来場者を増やす努力はしているよ。会場の通路は狭く、すれ違うのにも苦労すると決まってる。そのほうが人が多く来ているように錯覚するからね。
これには副次的な効果もあって、そう、そこに行くだけで疲れるんだ。だから来場者たちが自分の会社に戻ったときに他の社員から「いいなー、イベントに行けて」なんて言われようものならどれほどそのイベントをまわるのが大変なのかを語れる仕様となっている、つまり来場者にはちょっとした、妬まれにくい優越感を抱かせられるというわけだ。

ところで、Bizconf 2010 というイベントがこの8月に行われる。場所はアメリカ、しかもフロリダのアメリアアイランドにあるリッツカールトンだ。参加費用は $1570。
http://www.bizconf.org/
内容は規模のさほど大きくないウェブデザイン、もしくはウェブ開発系企業の経営幹部向けとなっていて、そこで行われるワークショップでは大企業との付き合い方、マーケティングブランディングの方法、プロフェッショナルネットワークの広げ方、法律問題の対処法などなど駆け出しの小さな企業にとって必須な知識の数々を教わることが出来る内容的にも豪華なイベントとなっている。このイベントのスポンサー(もちろんワークショップのスピーカーとしても登場する)にも特色が出ていて、規模は小さいがいずれも成功している企業が名を連ねている、例えば Hashrocket, elc technologies, heroku, engine yard, lithespeed, forward など錚々たる顔ぶれといった具合だ。さらに参加者達は家族などを同伴し、このイベントをいわば休暇としても楽しむことができるだろう。
イベントの会期中は初日のレセプションを除いて朝から晩までぎっしりとスケジュールを詰め込むことが可能で、食事も3食あらかじめ用意されており、その間にも他の参加者達と交流を深めることが可能となっている。もちろんそこはフロリダ、燦々と照りつける太陽のもとで昼食をとり、海の夕暮れをバックにバーベキューを楽しみながら。

もしあなたが会社を設立したばかりならこのイベントは大いに役立つはずだ。他じゃ得られない知識、海外とのパイプ、日本では未だ成功例の少ないウェブ開発企業の成功の秘訣を教わることが出来るからね。もちろんそこで得た知識全てをそのまま日本で生かそうと思っても無理があるだろう。けれども何が欠けているのかを実感することが少なくとも可能であることを考えると割りのいい投資と思えるはずだ。
こんなワークショップを日本でもやってみたいと思うのは別に不思議ではない。
ただこれを日本でやろうとすると途端につまづくのも想像に難くないのだ。日本では残念だが「楽しみながら」スタイルは忌避される。先ほど説明したように「大変だった」感がなくてはならないし、そこに行くことで会社に残る人から可哀想な視線を浴びなくてはならない。それゆえ満員電車にゆられ、会場で人の波に押しつぶされそうになることを是とし、もちろん交流会では「いやぁ景気が悪くって」から会話を始めなくてはならない。
そう、日本ではハーメルンの笛吹きにつられて溺れ死ぬネズミ達を演じる必要があるのだ。

それはなぜか。
「日本人は意地悪である」という一つの見方がある。
意地悪とはちょっと違うかもしれないが他人が楽をして金儲けすることに抵抗のある人が少なからずいる。彼らにとっては汗水たらして働くことこそ、労働時間が長いことこそが善なのだ。金持ちになった人が二宮金次郎のような出自であったなら賞賛されるが、「いやあ、雲を眺めていたら知らないうちに金持ちになっていました」というような人は徹底的にこき下ろされる。日本人はフリーライダーに対してひときわ厳しいのだ。付き合い残業やけん制残業というまるで生産性の悪い現象の原因の一端もここにある。

おそらく背景には日本人の極端な同質性があるのだろう。これは要するに

  • あの人ができるなら自分も「努力すれば」できる
  • 自分にできるならあの人も「努力すれば」できる

ということでこの二つに共通するのは「努力」であり、自助努力の足りない人はもっと頑張れとか何で努力しないんだといって詰め寄られるし、努力なしで出来てしまう人は異質とみなされ単純に嫌われる。ただしそこに「努力」さえあればとりあえずのところオッケーだ。
そう、今までの日本ではどう努力しているかをアピールすることこそが大切だったのだ。
ちなみに初期条件として謙遜を美とする風土からか「努力していない」という暗黙の仮定が設定されてしまうがために、先ほどの交流会の例のように「いやぁ景気が悪くって」という出だしになる。ちなみに「まぁまぁ儲かってます」というためには自分が例えば一日20時間働いていてそれを何年も続けているという話の流れの後に初めて言うことが許される状況になるのでこれはかなり面倒な手順だ。よって「景気悪くって」から始めるパターンが一番無難となる。

ただし次の時代を生き抜くにあたり、もちろん努力だけでは不足することになる。それだけ頑張っているのにこれだけなの?というような見方をされて当然になる。なぜなら努力して一定の成果を得るというモデルはいわば労働集約的なモデルであり、人数あるいは労働時間=売上というモデルであるからだ。これでは労働人口が減り行く日本は人口に勝る国に蹴落とされてどんどん廃れていくことを意味し、そこに希望の光はない。努力は無駄であるということでは一切ないが、ただその努力の向く方向をちょっとだけ補正しなきゃね。
これからは効率を追求すべきであり、効率を追求するために自ら学んでいく必要がある。また、そうすることに努力する必要がある。ドラッカーのいう継続的学習の必要性はここにあるのだ。おそらく社員に対し継続的学習の機会を与えない、もしくは費用をかけないような会社は効率化の波に遅れ、ものすごい勢いで凋落していくことだろう。日本のIT業界が直面している問題もまさにこの点にある。

でだ、いささか風呂敷をひろげすぎたけど話は戻るよ。
日本では上で述べたように駆け出しのビジネスにおける成功例を聞くというのは実は途方もなく難しい。杭が出すぎて打たれない状況になるまでみんながみんな、もし儲かっていたとしても一様に暗い話を振るからね。だから駆け出しのビジネスに関していい話を聞くとか成功例を共有しようと思ったら今のところ、海外まで出かけていくしかないんだ。
技術の話は別だよ。技術を開発するためには努力が必要というのは既にみんなで共有できているからね。だからいつでもウェルカム。ビジネス抜きのピュアな技術系が日本で盛り上がりやすいのにはこういうコンテクストも前提としてあるんだ。自分は技術とビジネスの間の溝が相当深いといった日本特有の現象の原因はこういった背景に隠されていると思っている。

まとめると、日本のスタートアップ企業の人たち(もちろん社長を含め社員まで)は海外のイベントにどんどん足を運んでノウハウを吸収すべきということ。日本の技術レベルが低いなんてそんなことは_まだ_ないはずだから、あとはビジネスの知識を取り込み実践することなんだ。上で紹介した Bizconf はビジネスのノウハウを学べるほかにネットワークを広げることにもつながるし、さらにはちょっとした息抜きにもなる。ん?ビーチを見渡すホテルへ海外出張だなんて妬みの種になるって?そこで得た物事を活かしてビジネスを成功させられれば少なくとも社内からそんな目では見られないはずだ。また、そもそも予算が承認されるかどうか気になる人もいるだろう。でもこのくらいのリスク(と見てくれるかどうかはわからないが)を担保できないのならそれは野心あふれるスタートアップ企業ではなく、ただの小さな会社でしかない。

効率を最重要視し、他人が「1」動く間に自分は「2」であったり「10」動く必要がある。そうするためには何が必要なのか考えるべきなのだ。

参考資料

日本人は意地悪ではないかというコンテクストについては西條辰義氏の研究結果から
実験経済学の方法論:「日本人はいじわるがお好き?!」プロジェクトを通じて
http://www.iser.osaka-u.ac.jp/~saijo/pdffiles/spite-hist.pdf
親切な脳といじわるな脳−親切行動といじわる行動の心理的過程と神経的基盤1−
http://www.iser.osaka-u.ac.jp/~saijo/pdffiles/08-05ns.pdf
公共財供給実験におけるいじわる行動
http://www.iser.osaka-u.ac.jp/~saijo/pdffiles/070724spite.pdf
「いじわる」は協力の源泉になりえるのか?
http://www.iser.osaka-u.ac.jp/~saijo/pdffiles/spite-iden.pdf
ほかに「実験社会科学 - 実験が切り開く21世紀の社会科学 -」のサイト
http://www.iser.osaka-u.ac.jp/expss21/index.html
社会的ジレンマ
「市場化社会の法動態学」研究センターのウェブサイト
http://www.cdams.kobe-u.ac.jp/index.htm
北海道大学社会科学実験研究センターのサイト、以下はワーキングペーパーリストへのリンク
http://lynx.let.hokudai.ac.jp/cerss/workingpaper/
上記サイトの前身のサイト
http://lynx.let.hokudai.ac.jp/COE21/workingpaper/index.html
日本人の集団主義を支える制度と心 日米比較実験による検討
http://db1.wdc-jp.com/cgi-bin/jssp/wbpnew/master/download.php?submission_id=2005-E-0373&type=1